遠藤乾『欧州複合危機 苦悶するEU、揺れる世界』

そろそろBrexitについて期限が迫ってきて、どこにどう着地させるのかが焦点が定まらない中、2016年の総選挙後に書かれた本書を読んでみると全く状況が変わってないことが分かる。

つまり欧州の統合には、根本に通貨の統合、人の移動の自由(難民問題とテロ問題へと繋がる)というEUの制度から来る不満が横たわっていた。くわえて、そもそもイギリスという国には大陸と一つというアイデンティティが欠如しており、サッチャーが残した保守党内の欧州懐疑主義からの流れも相まって、ついにはキャメロン首相がイギリス独立党と保守党内の内紛の勢いを削ぐために国民投票へと打って出ることとなった。

この国民投票の争点は経済合理性と移民のトレードオフだった。そのなかで労働党は本腰をいれてキャンペーンを打たず、そして残留派は敗北した。これは、英国という国の、領域的な亀裂も階層的な亀裂も曝した。少なくともかの国において根本的な結果は覆せない。たとえ時間稼ぎをしたところで投票の打ち消しはできず、これからできるのは、せいぜいこっそりとEUとの間で手打ちをするか、不利な離脱後に経済不況の発生を受けて国民投票をやり直すか、くらいしか残されていない。

そもそもがEUとは政治的な結束である。WW2後のドイツの取り扱い、冷戦の文脈があって成立したEUにおいても、やはりドイツの勃興とロシアの侵出問題、ムスリムとのイデオロギー対立、がその結束の鍵となろう。しかしそのなかで、現在はデモクラシーの正統性、アイデンティティ、移民の問題を孕んでいるのも確かである。

でも問題解決策としてのEUは、経済的なメリットのみならず、様々な共同メカニズムを抱えて有用に機能している。結果として、それでも他の加盟国のEUに対する支持・信頼は高いのである。

そのなかで独仏の政党政治が瓦解しない限りは、EUは崩壊ではなく再編という形で再生されるのではないか、というのが遠藤先生の予想である。中心国には強い権利を、周辺国には弱い権利を与え、非同質的な集合となるということだろう。しかしそれでもBrexitに代表される、世界が直面する<グローバル化=国家主権=民主主義>(ロドリック)、の三つが並び得ず、結果としてグローバル化を捨てるような動き、は乗り越えられていない。

 

こうした状況は変わっていない、どころか悪化してるようにも見える。フランスはリベラリズムの旗印となりえたマクロンの権威が失墜したし、メルケルは引退する。右・左双方から出てきたポピュリズムの動きを抑えられていないようだ。まだまだEUを潰せ、という流れは見えないが、いい加減、リベラリズムから起因した続出する不満を押し留められはしないだろう。

ここで思い出すのはスキーム論で、スキームはひとたび作ると潰すのが難しいという定説があり、少なくとも離脱と崩壊の間には分厚い壁が立ちはだかっているのでEUの存続自体を個人的にはそこまでは心配していない。ただ、例えばフランスでマクロンが敗北し、リベラル勢(と言っても国際関係論上のリベラル)にEU離脱派が勝ちました、となった場合は、それでもEUは形を変えれば維持できるのか、再編は粛々と行えるのか、何も出来なければ有名無実化されてしまうのでは、などなど気になる。

 

欧州複合危機 - 苦悶するEU、揺れる世界 (中公新書)