松本佐保『熱狂する「神の国」アメリカ 大統領とキリスト教』

 アメリカ政治を理解するのに常に付きまとってくるのが宗教問題である。日本ではまだ馴染みの薄いロビー活動(当然日本にも利益集団はいるが…)において大きな役割を果たすキリスト教という姿を見ると、アメリカが先進国の中でも最も先進国的ではない国家だと感じさせる。これまで欧州も、日本も、政治は世俗化を図っていってきていたなかで、キリスト教がどんどん政治に参画するアメリカはやはり異常である。あるいは今の世界の風潮を鑑みると、ややもするとこれが最も先進国的になっていくのかもしれない。ポピュリズムが蔓延する中で(ポピュリズムの定義はさておき)、停滞する経済により利便を享受できなくなった市民は、"アンチ"として何かを攻撃するようになったわけで、欧州で見られる移民排斥はアンチイスラム的な動きとしては宗教的と言えなくもない。しかし例えば国民戦線の背後にカトリックがいようが、政教分離原則は維持されており、宗教を政治に活用するような動きはまだまだ出てきそうもない。

ところで本書は松本佐保先生による、アメリカの政治と宗教の関わりについてまとめられた新書である。先進国に稀な宗教的国家であるアメリカについて、幅広にまとめあげられた著作となっており、あまり手軽に手に入れられない分野ということもあり非常に参考になった。松本先生は、イギリスにおける対バチカン政治の研究者であるらしい。これまでの研究成果を見るに、どちらかと言えばイギリス外交の専門家であり、バチカンに研究の土地勘があるようだが、これは、やや専門から外れていても書かせる人がいないこの領域の手薄さなのか、あるいはそれでも書かせたいという魅力によるものなのか。(あまりこの領域は詳しくないので、判別つかない)

章立ては以下。

1 アメリカの宗教地図

2 カトリックの苦悩

3 米国カトリックの分裂

4 ピューリタンから福音派

5 1980年、レーガン選挙委員会

6 キリスト教シオニスト

7 ブッシュ大統領キリスト教右派、その後

8 福音派メガチャーチ体験

 

1章でアメリカのキリスト教の系図や地域性を説明した後、英国から米国へ流れてきたカトリックおよびプロテスタントがどのように政治へと関与していくようになるかをざっくりまとめる。なかでも重視するのがレーガンを選出した1980年の大統領選で、それまで下地を作ってきたキリスト教票がついに、テレビ伝道師達とともに花開いた様子が様々なエピソードを含めて説明される。ゴールドウォーター敗北後の支持者達が、カーター政権に幻滅した層をいかに取り込みレーガン当選へと結託したのか、について一次史料からの説明もあるのが良い。そしてその後、キリスト教シオニストと呼ばれる親ユダヤ層がイギリスからアメリカに流れて影響を及ぼしていること(ここが著者の専門のようだ)、ブッシュ政権で栄華を誇ったキリスト教右派とその減退、最後に福音派メガチャーチへの往訪体験が描かれる。ややテーマ性が見えづらく散漫ではあるが、出来るだけ多くの要素が拾われており、入門には良いと思う。

一方で気になった点は、新書なので諦めなければならないところかもしれないが、言葉の定義が明確ではない。例えばアムスタッツ(『エヴァンジェリカルズ』)にもある通り、そもそも福音派はある一体となった活動ではないことから包摂する意味が広く、仕方ない部分ではあるものの、本書はGood newsです、でざっくりまとめてしまっていて、で結局なんだっけ、と言うと曖昧に過ぎた。

またキリスト教右派・左派、様々いるなかで政治へ関与した過程は分かったが、ではどうしてアメリカが特殊な有り様になったのか、どうしてそれぞれの宗派が強力な右派の機能するような考え方に至ったのかといった説明は限られる。他国とアメリカの在り方がある程度は比較されないと、アメリカの宗教と政治についての説明としては物足りない。それから各大統領の信仰と政策の関連が述べられるが、実際どこまでが信仰に基づく政策で、どこまでがロビイストであるキリスト教徒に迎合した政策だったのか、あるいは無関係だったのかというのはまだ検討の余地があろう。

以上、気になった点を一言でまとめると、神学的なアプローチが少なく、信仰そのものがアメリカ政治にどう影響したのか、が見えづらかった。テーマ的にも紙幅的にも仕方ないが、こうしたテーマを政治史的にまとめるだけだと、多くの人々を魅了し、作用させた宗教は理解しきれない。単なる一つの利益集団の影響による歴史と、人々に倫理や価値観を提供する神学を同一視してしまうと、そこに生きていた人間を理解するには片手落ちになってしまう。その意味ではメガチャーチというエンターテイメントについて紹介されていたのはサポートになったと思う。

ところで帯にある、「ローマ教皇はトランプを止められる」んでしょうか?解答が載ってないことを考えると、煽りすぎでは。

 

熱狂する「神の国」アメリカ 大統領とキリスト教 (文春新書)