阿南友亮『中国はなぜ軍拡を続けるのか』

君塚先生と合わせて、2018年サントリー学芸賞。また慶應である。

阿南先生自体は、20世紀前半の中国の共産党と軍隊について研究されており、その内容は非常に実直で手堅い。サントリー学芸賞をとるにしても、そちらの堅い方かと思いきや、本書のような、やや過激なタイトルで現代政治に言及したものが高い評価を受けたというのは、個人的には少し想像の外にあったので驚いた。但しあとがきにもある通り、中国という国は都市だけを見るのでは足りず、農村地域がどうなっていて、それと軍と政党がどう関係しているのか、が見えてこないと足りないのであり、その点で本書は延長線上にあるのだろう。

本書はいくつかに分割できる。まずは問題点。中国の社会の抱える問題点が列挙されており、

威嚇手段としての人民解放軍の暴力や、発展の裏側でどんな社会保障の不平等や、中華民族ナショナリズムの不安定さ、経済発展の産み出す共産党の高級幹部とそれ以外の人たちの格差、党の軍隊としての人民解放軍などが足早に語られる。

その後が政党と人民解放軍の歴史である。独裁政権共産党がいかに人民解放軍と付き合ってきて、それが文化大革命毛沢東の失脚以降、いかにバランサーたる鄧小平が改革解放を進めるなかで今の問題点の萌芽となったのか、つまり拝金主義と汚職が蔓延するようになり、また解放軍の整頓の中で大量の軍人が吐き出される中でいかに様々な軍ビジネスが産み出されてきたのか、そして天安門事件以降は噴出する不満の中で江沢民時代を経ていかに(上海閥などの)拝金主義が加速していったのか、などのドロドロした政治が描かれる。

最後は直近の解放軍そのものについてである。解放軍はソ連との関係改善した80年代以降、対米、対台を意識した海軍へのシフトを続けている。劉華清の戦略に基づき、第一・第二列島線を拠点に制海権・制空権の掌握に努めている。しかし能力はというと、近代化は進めているもののまだイージスは似非っぽく、航空戦力もロシアの型落ちに依存し、またC4Iを中核としたハイテク戦もまだ覚束ない。それでも、1.共産党独裁主義を維持するため 2.軍備拡張はロシア以外に手段がないこと 3.国内の恫喝には十分な戦力であること などを背景にまだ遅れた軍備改革は続くだろうとされている。かなり阿南先生は現状の対中政策には不満があるようで、結局、改革解放以降の西側の関与は軍拡への支援になってきたのであり、国内の構造的な問題が解決されなければ改善はされない、と喝破する。

概ね常識の範囲内の主張ではあるが、これは日本人にはすんなり入ってきても、アメリカ人の戦略家だと案外こういう話ができなかったりする。先日のアリソンとかの「罠」の議論は、パワーが強くなっているから戦争する、みたいな雑な議論だった。しかし行動のインセンティブがどこにあるのか、を分析しないまま変な議論をするよりも役立つかと思う。ただし、三つのパートに分かれてしまったせいで、問題点の列挙と最後の人民解放軍についてが薄くなってしまっている。特に問題点は議論の核なだけに、ここを掘り下げないと根拠が薄弱になってしまう。

中国はなぜ軍拡を続けるのか (新潮選書)

中国はなぜ軍拡を続けるのか (新潮選書)