ジョン・ケイ『金融に未来はあるかーーーウォール街、シティが認めたくなかった意外な真実』

原題はOther People's Money、他人の金(副題 金融の実際のビジネス)。邦題は無闇に扇情的でかつダサいと思うのだが、こういうタイトルをつけないと売れないという出版社の判断なのだろう。まるで洋楽のアルバムのダサい邦題みたいだ。

さて本書は、FTなどのコラムニストにして、色々なビジネススクールの教授でもあり、英国政府やスコットランドのアドバイザーも勤めた経歴の持ち主であるジョン・ケイ氏によって2015年に執筆された。

A Financial Times Book of the Year, 2015
An Economist Best Book of the Year, 2015
A Bloomberg Best Book of the Year, 2015

に選ばれており、高く評価されていることがよく分かる。日本では、ジョン・ケイ氏が2012年に英国政府に提出した、ケイ・レビューと呼ばれる英国株式市場の調査レポートについて、金融庁が参考にしているということから俄に注目が集まった。昨今、皇帝・森金融庁長官による金融(庁)改革が進められているが、金融(庁)関係者はこういった参考文献を読みながら、お上が何を考えているかを先読みした忖度が始まっている。

そんな本書であるが内容は概ね以下にまとめられると思う。

 

・金融機関は表面的には儲かってるように見えるが、最近のマーケット取引に基づく収益は無為だ。昔の銀行は、街の名士として金貸しだけをやっていて良かった。今では、マーケット商品を作り出して販売するくせに、経済のファンダメンタルズを無視して、他人の予想はこのあたりに収斂するだろう、ということの分析ばかり行っている。結果、 実際のリスクはどのくらいで、誰が負っているか分からなくなっている。結局最後には誰かが損する仕組みになっており、金融危機時には結局リスクを抱えていた金融機関を税金で救っただけで、そもそも金融機関は儲かってすらいないのではないか。

・だいたい金融機関は無駄に複雑化し、例えば訳の分からない不動産に係る証券化商品を作っても、実際の不動産自体については認識が甘いし、本来果たすべき中小企業に対する融資の目利きだって出来ない。金貸しという本懐から離れて、無駄にROEばかり気にするあまりにデリバに現を抜かしてしまった結果、自分でリスクをとらず、他人に複雑な商品を売り付けて満足するようになった。個人の決済機能はレベルアップさせないくせに。これでは個人には何も還元されないではないか。個人向けについては金融機関は、ブラックロックよろしく、信頼された資産運用会社になるべきだ。。

 ・金融機関はどうなるべきか。個人部門と投資銀行は切り離し、どんどん細分化、隔離と専門化をすべきであり、個人向けはシンプルに、金融機関同士の取引は削減し、やらかした奴には直接の取引先だけでなく、間接的な仲介業者も、そしてやらかした本人にも罪を負わせるべきだ。課徴金はつまりは他人から捲り上げた他人の金でしかない。金融機関は古きよき時代に戻るべきだ。

 

しかし上の内容を抜群の筆致で、様々な喩え、皮肉を駆使しながら描いていくあたりは、さすがFTのコラムニストである。内容はやや専門的なものも含まれているが、いくつかの見事な比喩はその理解をざっくりと深めるのに役立つ。

ある程度マーケットが分かっている人間にとっては、よっぽど筋の悪い人でなければ自明に思える部分も多いのではなかろうか。第一部はいわゆるケインズの「美人投票」についてだ。これはマーケットの本質であり、概ね理解できる(どうしようもない問題である一方で、だからと言ってファンダメンタルズを全く無視しているわけでもない)。第二部は複雑化した商品と、リスクを他人に委ね、個人への責任を放棄した金融機関への批判だ。ここも、セルサイドが収益をぼったくってアホなバイサイドに売り付ける構図や、儲からない決済機能(SWIFTとか)のローテクぶりなど、分かる話が多いだろう。それをここまで包括的に描いているのだから見事である

テクニカルには細々と言いたいことがあるが、大きく一つだけ言わせてもらうと、金融危機の描写についてこれだけ説明しているのに、金融危機以降の対応についての記載がほとんど無いことだ。認識はしているはずだが、そのうえでバーゼル3は不足、の一言で片付け、デリバに対する中央清算機関の話題も見当たらない。投資商品もかつてよりまともになった。せっかくの日進月歩の改革を忘れてゼロベースで話すことは、やや不適切にも感じる。

翻って、本書を日本の反省材料とすべきであろうか。我々は森長官ほどピュアではないので、事はそう簡単でないと考えるべきだろう。メガバンク、地銀は英国の状況と等しいのか、同じ解決策で同じ結果を産み出せるのか、そもそもこの提言は叶うべきものであるのか、そのあたりの不毛な作業は優れた金融庁職員に頑張ってもらおう。

 

金融に未来はあるか―――ウォール街、シティが認めたくなかった意外な真実