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キャロル・モンパーカー『作曲家たちの風景 楽譜と演奏技法を紐解く』

クラシック音楽をめぐる書籍は決して少なくない。大型書店に行けば楽譜コーナーも含めると広いエリアを占めていることが見て取れる。手に取ってみると、評論本も多く並んでいることが分かり、そのいずれもが、著者による己の独自の感性を活かした雑筆となっているため、さながら読書感想文のようである。全く優秀な小学校時代を過ごしたことだろう。

世の優秀なクラシックリスナーは、残念ながら楽譜が読めないことが多い。もしくは育ちが良いので少しは弾いた経験もあろうが、外国語も達者ながらに楽譜に書いてある文字に目を通したことは無さそうだ。ミケランジェリが何年にどういった演奏をしたといった、演奏家についてのトリヴィアルな知識はあっても、ミケランジェリがどうしてそういう演奏になったのか、というのは楽譜を見ないため分からない(といってもミケランジェリが何を弾いたか、なんてのは弾いた曲の選択肢の少ない人なので、当てずっぽうでも案外正答率は高そう…)。 そもそも「完成度の高い演奏」(同じくミケランジェリに対する形容)とは、いったい何のことを指すのか、未だに不明瞭である(ミスタッチの数のことではなさそうだ)。

別に皆が皆に対して不満という訳ではない。演奏家兼評論家をやっている人もいるし(青柳いづみこが代表格だろうか)、演奏とは別次元の圧倒的独自路線で、目から存在しない鱗までボロボロ剥がしてくれるような人もいる(片山杜秀は途轍もないと思う。一応バイオリンを幼少期にやっていたらしいが…)。ただ、「許」しがたい人もいる、というだけの話だ。(さて、誰のことだろう?)

それと比べて海外の翻訳ものは全般的にクオリティが高いなぁと思う。単純なセレクションバイアスかもしれないが、それだけじゃなく、これも含めて、評論家が実際に演奏をしているという例も多く見られるのが有難い。大部のバッハのフーガの演奏法本はスコダが著作だったりして、演奏家の執筆レベルもまた高い。書き手と弾き手がきちんと相乗効果をもたらしあっている良い環境を感じられる。本書の著者キャロル・モンパーカーは、評論家兼演奏家らしく、実際に演奏したときに、様々な著名ピアニストと相談をしながら考えを固めてきたといった記述も随所に見られる(Youtubeで見た限り、技術自体はそこまで…だが)。またベートーヴェンの生原稿も見ているということで、楽譜を読める強みも持ち合わせる。そうすることで、楽曲の内面に踏み込んだ記述をすることができるのだろう。然して本書では一章ずつ、時代ごとの代表的な作曲家について、楽譜と演奏技法の観点からどう演奏すべきか、という問題が語られる。

個人的に助かるのは、補録としてショパン舟歌」について、7人のピアニストからインタビューをとり、楽譜を用いて特に丁寧に分析されている点。単に自分が弾く際の一助になるというだけで殆どの人には無用だろうが、ピアニストがどう考えてこの一音を解釈しているのか、というのはあまり聞く機会がなく、当たり前だが、人によって認識の多様性があることに気付かされる。自分の演奏を見直せる数少ないチャンスでもある。

 

作曲家たちの風景 ――楽譜と演奏技法を紐解く―― 【CD付】

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