ジョン・L.ガディス『冷戦』

前の記事で、dragoner氏の『安全保障入門』についてレビューした。そこで、やや歴史の叙述に難があった旨を書いたが、確認のために冷戦史入門として本書を読み返したところ、やっぱり面白かったのでここで紹介したい。

本書はこれまで、第二次世界大戦後のたった10年のため、学生たちに数百頁を読ませなければならないことに苦慮していた(おそらく[Strategies of Containment 1982]や[We Now Know 1997](邦題:『歴史としての冷戦』)のあたりだろうか?)ギャディスが、冷戦史を一望できるものを提供する目的で記したとある。その目的に相応しく、冷戦の起源から、冷戦の終焉までが非常に大きな視点で描かれている。

正直、本書の書評については、以下の森聡先生のもので言い尽くされている感もないではない。

【書評】「冷戦―その歴史と問題点」J.L.ガディス著(河合秀和・鈴木健人訳) | 政治外交検証 | 東京財団

批判を一言でまとめてしまうと、微細に事実に記してないため、史的な因果関係が見えづらい、ということだろう。

 

というわけで、上記をフォローした感想を以下では示したい。

本書は 研究書ではない位置づけだけあって、書きぶりは大味である。そのあたり、賛否両論というか、否の方がむしろ多い感じもする。特に本書は、入門書としては使えない。何年に何が起きて、その影響で誰が何をして、結果何が起きて、という事実が時系列順に並んでおらず、冷戦史を「知っている」前提の記述も多い。簡単に手に入り、入門に適するものとして、石井修『国際政治史としての20世紀』や佐々木雄太『国際政治史』、松岡完『冷戦史』、ドックリル/ホプキンス『冷戦』などで事前準備をしておかないと、本書の議論にすぐに振り落とされる危険もある。

しかし、一定の理解があれば、本書はかなり有用である。ギャディス(ガディス、という訳はあまり一般的ではない気がする)流の冷戦史理解がふんだんに盛り込まれ、単なる時系列順ではなく、強い問題意識の下で各章が描かれているため、なぜスターリンは、なぜフルシチョフは、なぜ…という問いに十分答えてくれる。論理展開はややアクロバティック(例えばニクソンウォーターゲート事件を「公正さ」の復活として、冷戦史を「公正さ」という論点から組み立て直すなどは、もはや剛腕…)。若い世代の論文にあるような平易な英語ではなく、レトリックが駆使される分、政治における人間が浮かび上がる。もういっそのこと、起源、終焉の原因も強く主張してくれてもよかったのだが、そこはやや言辞に誤魔化された節もある。

アイケンベリーによる書評でも、冒頭に"beautifully"とある。(The Cold War: A New History | Foreign Affairs)(なおアイケンベリーは本書評にて、ギャディスは"the contingencies of individuals, ideas, critical decisions, narrow escapes, lost opportunities, and lurking dangers "が冷戦を特徴づけたように描いていると評する。)

気鋭の学者による、最新の研究を完璧に封入した偏りのない完璧な冷戦史、とは趣は異なるかもしれないが、だからこそ、ここには歴史研究の一番面白い部分が詰まっているように思えるのだ。大家にしかできない仕事の仕方は、一番の大家にやってもらうのが最良だと思える。

冷戦―その歴史と問題点

冷戦―その歴史と問題点