ティモシー・ガートン・アッシュ『ダンシング・ウィズ・ヒストリー』

英国がEUを脱退した。

珍しく、今を時めく話題から始めてみたが、様々なしたり顔の論者が既に紙面を己の筆で彩っていることだろうから、私から言えることなどほぼ無い。しかしながら、この問題は、TGA(Timothy Garton Ash)がやや語っていた話ではあったので、本棚から引っ張り出して再読してみた。

TGAは英国の歴史学者であるが、どちらかと言えばジャーナリスティックな手法の人物であり、ガーディアン紙なんかにコラムを載せている。彼の碩学と、それでいて持って周った語り口調にはファンも多い。

彼の特筆すべき業績は『ヨーロッパに架ける橋』だろう。これはブラント外交期の西ドイツについて、丹念にかつレトリカルに描き、いかにブラント首相のデタントが冷戦終結まで導きうるものだったのか、を示してくれる。

そんな彼であるが、英国のEU脱退については以下のようなコラムを書いている。

www.theguardian.com

 

さておき、英国はEUを脱退した。本件について、一番分かりやすかったのは遠藤乾先生の記事だった。イングランドの低学歴層にとって、移民問題がどのくらいリアリティのあるものだったかだけでなく、EEC参加の頃まで遡り、保守党にとって長らく政治的不和の種となっていたことを解きほぐしてくれている。

toyokeizai.net

 

TGAは本書において、10年前から既にこの問題に警鐘を鳴らしていた。それは、デヴィッド・キャメロンが影の首相になったときであり、EU憲法の問題が持ち上がって各国にて否定の声が上がっていた頃である。彼は、キャメロンが保守党内部で、EU問題を棚上げした暁には、火種になることを予言していた。

多くのイギリス人は、ヨーロッパを他所として見ていた。他所として見ていただけでなく、ヨーロッパに参画したくない、とすら強く思っていたのである。そして当時は、英国とロシアのみがこうした傾向を持っていた。しかし今や、フランスのルペンしかり、オランダのワイルダーしかり、他にも同様の志向の人物が賛同者を得始めている。もはや英国固有の問題ではなくなった。

またTGAは拡大するEUについて、拡大すればするほど、その集約のコアが希薄化していくことも述べていた。どんどんEUの持つ政治的な同一性の夢から目覚めていっている今を鑑みれば、それもむべなるかな、と思う。

と書いたものの、本書はそれだけではない。10年間書き溜めたエッセイが詰まっており、中東のテロリストもいれば、米国政治への痛烈な批判もあれば、いつも通りのオーウェル、バーリン愛を語ってもいる。英国人らしい言い回しで、日本語で読んでもなかなか読み解くのが難しいが、こういう知識人が存在していられる英国という国は、まだまだ立派なものだと感服するのである。

 

ダンシング・ウィズ・ヒストリー―名もなき10年のクロニクル

ダンシング・ウィズ・ヒストリー―名もなき10年のクロニクル

  • 作者: ティモシー・ガートンアッシュ,Timothy Garton Ash,添谷育志,葛谷彩,池本大輔,鹿島正裕,金田耕一
  • 出版社/メーカー: 風行社
  • 発売日: 2013/08
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る