新井英樹 『RIN』

世の中に、高尚な漫画読みが好きな漫画家というのがいる。 近づきたくない世界だが、確かに存在していて、ユリイカに特集されてしまったり、インテリ有名人が読んでます宣言していたり、オサレ雑誌に載っていたりする、ああいうあれのことだ。

新井英樹もそういう”あれ”に属する漫画家かと思うので、個人的に、苦手意識は強い。強かったんだけど、読むと認めざるを得ないなーというのが悔しかった。

これの前作に当たる『SUGAR』は、田舎の少年が都会に出てきて、ボクシングで成り上がり始めるまでの話、ということで、普通と言えば普通。天才ボクサーの片鱗を端から見せる主人公リンの、一方的に捲し立てるコミュニケーションとか、外連味になる部分が無いわけではないが、ものすごく特筆するほどでもなかった。

比べると、『RIN』はリンがチャンピオンになってからがスタートである。中心ストーリーは、チャンピオン立石譲司との対決であり、ネタバレをしてしまうと、天才が努力家を圧倒する。リンはひたすら天才であり続ける。そして天才は唯一であるからこそ、孤独感に陥る。天才を刻銘にするために、立石の人生が描かれ、対比される。立石には嫁がいて、応援してくれるファンもスタッフもいる。元極道から這い上がって、そしてボクシングのチャンピオンにまで成り上がったという更生物語の主人公だからだ。対してリンには何もなかった。そして、そんな彼が寝取られるのは、必然だった。

作中で、唯一リンが似ていたのが、同じく天才・中尾である。リンのセコンドであり、風俗狂いの中尾の行動をなぞるように、リンもまた風俗に狂う。誰にも理解できない彼の気持ちを唯一理解できたのが、中尾だった。

しかし、リンはチャンピオンになり、世界のヒールとなったような描写がある。これは中尾とは違う。また、自分に似ていると言われるジムに通いたがる若者を、仲間引き連れて知った風を聞くなと退ける。中尾に似ているが、中尾は言ってもジムの代表である。もっと言うと、SUGARでは火の玉玲二に見出されてボクシングを始めたわけで、理解者はいたはずである。その意味で、天才だから孤独になったというよりも、孤独”感”に陥った、と言えなくもない。そういう、天才の心情を上手く描く作品であり、もがく立石を受けて、リンがボクシングリングのみに居場所を見出すまでのクライマックスは見事だった。

 余談ばかりしてしまったけど、残念ながら、面白かったよ。

 

RIN 1

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