乙ひより『かわいいあなた』

Kindleで買ったはいいけど、容量の都合上、泣く泣く削除を繰り返していて、供養のために記録を残しておこうシリーズ第四段。

前エントリの長篇である水色シネマよりは、短篇集であるこちらの方が好みで、なんでかと思ったんだけど、キャラクターの性格に基づく、クローズドな関係の中での決まったドラマというのは変わらず、短篇でも長篇でもやることが変わらない以上、短篇のほうが密度が濃くなるのだろう。一巻の中には複数のドラマが、複数巻あるならコメディが入ってこないと読んでる側の息が持たなくて、だからこそキャラクターの性格上の関係性のバランスから攻めるなら、こういう短篇集という形式が向いている。

 

かわいいあなた (百合姫コミックス)

かわいいあなた (百合姫コミックス)

 

 

乙ひより『水色シネマ』

Kindleで買ったはいいけど、容量の都合上、泣く泣く削除を繰り返していて、供養のために記録を残しておこうシリーズ第三段。

手癖で百合漫画を買い続けていた時期に購入したもので、読んだ記憶はあるのにこのために読み返すと内容が残っていなかった。

同級生女子と付き合っていた女優の唯が、傷心のなか、海の近くの現場で出会った田舎者の多恵を、無理矢理付き人として同行させるなかであるあれこれの話。構図が典型的で、あまり特筆すべき点もないかなぁという感じ。田舎者が出てきたらそりゃ純粋だよね、そりゃ一方的になるよね、傷心のなか仲良くしてたら、そりゃ元鞘の人が出てくるよね、とか全てが綺麗に想定内に収まる少女漫画のテンプレートという感じなので、期待は外さず、安心して読めるが、心動かされるシーンも少ない。

 

水色シネマ (百合姫コミックス)

水色シネマ (百合姫コミックス)

 

 

 

君塚直隆『立憲君主制の現在:日本人は「象徴天皇」を維持できるか』

今年のサントリー学芸賞

天皇制のあり方についてホットなこの時期にタイムリーに出た、イギリス外交の専門家であり、日本随一の英国王室マニアとして名高い君塚先生による君主制本である。

自分はこうした事前情報があったので、そうだろうなと思ったことだが、知らない人は違和感を覚えることとして、本書は半分が英国王室についての話である。1000年前に遡って成り立ちから、近年の王室のあり方の変容について概観してくれるので非常に勉強にはなるし、紙幅が厚くなるのは当然だけど、タイトルからするとやや肩透かし感はある。

その後に軽く、北欧、ベネルクス、アジア(東南アジア、中東)の君主制が持つ多様性について触れた後、ラストで簡単に日本の皇室について感想が述べられる。維持できるのか、それはよく分からない。ただあり方が一様ではなく、それぞれの国毎の一番綺麗な着地を模索すること、が求められることは分かる。 

英国のあり方は参考になる。本書においては一貫してレーヴェンシュタインによる整理を基に語られるが、なかなかこの民主主義下においてどう撞着させるか、は悩ましい。君主制は絶対的な権力のように思われるが、国民や議会を無視して進めた場合には首がすげ替えられることだってありうるので、常にそちらも伺いつつ歴史上動いてきたし、民主主義が強くなった現代では、ころころ変わる政局に対して不変の存在として、外交や内政において政局に惑わされない存在として意義を維持している。じゃあ役に立つし残してもいいよね、と思えても、コストとリターンからメリットが少なくなれば批判が高まる。コモンウェルスだって弱くなる。この微妙なバランスの上に成り立っている感じは、日本と近いように感じる。

日本においては、最近大嘗祭について俄に盛り上がった。ダイアナ事件の頃、英国王室でウィンザー城が燃え、修復の話が出たとき、税金を使えず、自分達で賄ったというエピソードがある。王室への支持が下がってるときにはそういうこともありうるものだ。「ありがたい存在だから金をいくらでも使ってよい」というのが年々難しくなってきているのであり、日本の皇室サイドも時代の空気を見て、費用にセンシティブになるのも妥当な反応だろう。

必ずしも同じというわけではないが、現代という時代に合わせてどこまで柔軟であるべきなのか、について考える視座になる一冊であった。

 

立憲君主制の現在: 日本人は「象徴天皇」を維持できるか (新潮選書)

立憲君主制の現在: 日本人は「象徴天皇」を維持できるか (新潮選書)

 

 

押井守「シネマの神は細部に宿る」

つい最近出たジブリについて語った本と同じ形式だが、今度は押井守が偏愛するものが映画においてどう描かれたのか、を対談している。

映画について語らせたとき、この人の本領は発揮される。本当はあの呪術みたいな、トーンの高低もなく、ただ止めどなく出てくる情報と解釈に圧倒されるには、その肉声を聞いた方が良い。10年ほど前だったか、押井守のシネマ・シネマというラジオ番組が文化放送であり、アニラジ枠で流されていた。あちらは映画制作について毎回テーマを定めながら語るのだが、抜群に面白くて、聞き返すたびに惹き付けられるのだ(アシスタントが広橋涼で、初めてその情報を入手したとき、さすが広橋涼は懐が深いなどと思ったのだが、単に押井守の録音を流す前に要らんトークをするだけだった)。

中身は、様々なテーマについて、どの映画がそのテーマの描写が良かった・いまいちだった、ということを語るという内容で、映画そのものの本筋を知りたい人には向かない。

テーマは、動物、ファッション、ごはん、モンスター、携行武器、兵器、女優、男優、だが、冒頭が十八番の犬で、「バセットが出ている映画はもれなく観ているから」「そういう情報ルートがちゃんとある」から始まるのがまず面白い。そんなルートがこの世に存在するとは知らなかった。

押井守が記憶にあるけどタイトルとかキャスト、製作陣の名前が分からない部分を、映画ライターである渡辺麻紀が補助して対談が進む。映画の細部への着目が独特で、2001年宇宙の旅を「キューブリックの狙いは明らか。これは紛れもなく"食べる"映画です」という解釈・指摘もあれば、映画で出てくる銃がTPOに合ってることが大事だと歴史的なコンテクストから説明するし、戦車ではニセモノ戦車かどうかを足回りから判断して批判するし、でも椿三十郎の逆手斬りを褒めるときには「本当に逆手斬りのほうがいいのかどうか知らないけど」と言いながら絶賛する。解釈・歴史的な正しさ・演出の三パターンからの押井守の視点を楽しむ対談本であり、判断基準はバラバラな感じはあるけど、それはそれで、好き好きで。

シネマの神は細部に宿る

シネマの神は細部に宿る

 

 

古川勝久『北朝鮮 核の資金源「国連捜査」秘録』

もはや感想書く時期を逸したようにも思うが、むしろ、こういう北朝鮮問題が穏やかなタイミングであるからこそ、忘れてはいけない問題とも言える。

タイトル的に怪しげな本かと思いきや、国際政治学者界隈で評判が良い。それもそのはずで、著者の古川先生の、国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会・専門家パネルの経験が落とし込まれた至極全うな書籍、ルポルタージュである。

我々は2006年以来長らく、北朝鮮経済制裁をしてきた。こんなに厳しい制裁をしているのだからすぐに音を上げてもおかしくないのに、諦めるどころか、どんどん制裁を厳しくしてもそれでもやっていけている。また軍備は発展する一方である。なぜか。そこには様々な抜け穴があり、抜け穴に対して国連は無力であることも多々あるせいで、彼らはうまく生き永らえているのだ。

例えばご存知、中露のサポート、あるいは見て見ぬ振りがある。積極的に制裁違反をするのでなく、制裁はすべきという姿勢を見せつつ漠とした対応しか取らない。シリアが親露であるときには、中露はシリア向けの物資を擁護する。国連が認めない台湾を介してグローバル企業の振りをする。シリアが親露であるときには、中露はシリア向けの物資を擁護する。中東・アフリカはサービス込みでグローバル企業の顔をした北朝鮮民間企業から武器を買い、北朝鮮技術者は中露のみならず、東欧からも情報をとって技術の発展を図る。

こちらとて手をこまねいている訳ではない。世界中の企業に情報を取りに行き、押収品が軍事転用されているものか確認するためにミサイルの解体までしたという。しかしそれでも、全てが摘発されるわけではない。怪しいと解っていても、各国政府は、それは中露だけでなく、ヨーロッパも、あるいは北朝鮮問題に喫緊で対応しなくてはならないはずの日本ですら、協力的ではないのだ。面子の問題、多忙による後回し、法整備が間に合わず、官僚の形式主義・先例踏襲主義によってむざむざ見過ごしたという例もある。本書にはない話だが、数ヵ月前に、日本の信金がマネロンで検査をくらっており、北朝鮮企業への送金もあったもいうからお察しである。

制裁を実施した、でドヤった結果、でもやっぱり制裁には実効性がありませんでしたとなると、残るは物理的な制裁しか無くなる。なので戦争について語るには軍事を知らなくてはいけない、というのと同じくらい、制裁の実効性を知ることは今の時代大事な問題だと思うのだが、いかんせん制裁をかけている、という事実だけでそれ以上のインセンティブが政治家には不足しており、そのせいか興味を持つ向きが少ない。

北朝鮮 核の資金源:「国連捜査」秘録

北朝鮮 核の資金源:「国連捜査」秘録

 

 

池内恵『【中東大混迷を解く】シーア派とスンニ派』

池内恵先生によるブックレット企画。企画から池内先生が積極的に関与しているらしく、二年前に同じく新潮選書から出た中東大混迷を解くシリーズの二冊目になる。その前にも新潮選書では出してるので実質的には三冊目である。

正直言うと、あまり触れたくない。池内先生はネット内で方々にゲリラ戦を仕掛ける怖さもあるし、そのうえ、中東研究に土地勘のない自分からすると、研究者内の党派対立がどうもキナ臭く感じるので。どっちがどう正しいかとか、どこが地雷とか分からないのだ。

ともあれ、本書のエッセンス自体は非常にありがたくて、イスラムについて、巷間言われているような俗説を打破し整理し直すことが試みられている。とくにシーア派スンニ派の対立項というのが、いかに宗派対立というよりも政治的対立に基づく概念であるかというのを、シーア派スンニ派がどのようにして生まれたのかというのを、番頭さんと愛人の争いに異様な戯画化してみる等、混迷する中東の理解を分かりやすくしていることは間違いない。

シーア派誕生の歴史、それがイラン革命を受けてシーア派が反西洋としてイランに勃興したこ

と、これがイラク戦争とともに宗派対立として中東に広がったこと、またそのなかでレバノンという国が、分立するイスラム(スンニ派シーア派)とキリスト教マロン派のなかでどう尽力し、どう失敗したのか、そしてその後起こったアラブの春以降の近年の流れ、という内容で値段は1,000円と安い。コスパは最高である。

ただブックレット形式の性で、参考文献がついていない。代わりに一章で皆は色々なことを誤解している、最新の研究としてこんなものが出たりしている(けど中身にはそこまで踏み込まない)、と教えてくれる。それは良いが前置きが長く、それなら参考文献か脚注が欲しい(最近の選書の一番悪いところだと思う)。ニコ生の国際政治chを購読した方が面白いので、本としてはもう少し情報が欲しいなぁとも思わなくはない。

 

【中東大混迷を解く】 シーア派とスンニ派 (新潮選書)

【中東大混迷を解く】 シーア派とスンニ派 (新潮選書)

 

 

藤枝雅『飴色紅茶館歓談』

Kindleで買ったはいいけど、容量の都合上、泣く泣く削除を繰り返していて、供養のために記録を残しておこうシリーズパート2。

 

あまり読み込んでないので感想もないのだが、これは百合姫に連載されていた作品で、紅茶の喫茶店を営む芹穂と、そんな彼女に恋心を抱きながら働くさらさの百合作品。

最初の短編が出たのが2003年らしく、連載開始は百合姫vol.6(まだ独立増刊する2008年、vol.11よりも前の、季刊誌時代)。キャラクターの造形が、2000年代前半のギャルゲー的である(TH2の幼馴染みキャラを喩えに出しているのを見たことがある)。概ね穏やかな雰囲気で、事件も、修学旅行で一時的に離れるとかその程度のもの。ギャルゲーの日常パートくらいの気持ちで読めた。で、舞台装置たる店は、宝くじで当てた金で、というのだから、無理矢理非現実的な理想郷を奥行き無く作る感じは、ドッカーンで死んで異世界に行ってハーレム作るのと大差ないなぁなんて思ったり。そういう唐突さは随所に見られて、その修学旅行回は「五十年後も隣にいてね」という、聞いた側は告白に、言った側は良い人間関係としての投げ掛けをして話は終わるのだが、ここにはそれへの返答も書かれない。たぶんこのあとを書くとすると、誤解の解消だとか百合の否定にならざるを得ないが、だからこそ余計なことは書かれない。綺麗な世界である。

ただ恥ずかしながら全二巻なのに私は二巻目を買ってない。なので感想はここまでで。

 

飴色紅茶館歓談: 1 (百合姫コミックス)

飴色紅茶館歓談: 1 (百合姫コミックス)